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「北海学園清田グラウンド」の経緯

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「北海学園清田グラウンド」の経緯

1.はじめに
 清田区の清田8条2丁目及び9条2丁目の南側に、「北海学園清田グラウンド」が所在(札幌市清田区清田355番地 )しています。北海学園大学の校舎からほど遠いこの清田区に、どのような経緯で所在したのかを記して置きたいと思います。

 ※ 上記写真、および左図は、北海学園大学のHPより転載。(2023年7月時点)
 北海学園大学のHPに「北海学園清田グラウンド」の事が、掲載されております。
 現在、「北海学園清田グラウンド」には、第1野球場・第2野球場・練習用グランド・ラグビー場・サッカー場・テニスコート6面・多目的グランド・トイレ・駐車場などの施設が、整然と整えられています。
 広大な緑に囲まれた敷地の「北海学園清田グラウンド」は、学園で学ぶ生徒たちにとっては、単なる運動だけではなく、憩いの場的な要素も兼ね備えた場となっています。

2.「北海学園百年史」よる「学有林造成地」の購入
 「北海学園百年史」(P230より)より「学有林造成地」の経緯を転載します。
 注:「北海学園百年史」は、昭和62年・北海学園創基百周年記念事業 出版



 北海中学校校友会は、昭和16年(1941年)1月14日に、「学有林」を目的として土地を購入することを決め、札幌郡豊平町大字月寒村字厚別沢通(あしりべつさわとおり)1351番地の原野33町8反5畝を取得しています。

 1町=1ha=3,000坪  1反=300坪  1畝=30坪 ですから、
 33町8反5畝(約34ha)は、101,550坪(約10万坪、約335,115㎡)となります。

 購入の金額は、「銀行より4,600円、学校より1,300余円を借入れし、学有林
造成地を購入」としていますから、計5,900余円と言う事となります。
 この記録により、金額は6,000円ほどでの「学有林」購入でした。
 戦前ですから、現在の金額に換算すると、6,000万円程かと思われます。

3.「学有林造成地」を所持する目的
 昭和16年に購入した「学有林」の当初の目的は、明治の初期の開拓使が行った「学田(学田地)」に相当するものと思われます。現在も北海道大学や札幌南高等学校、歴史の古い小学校などが所有しております。
 「昭和17年(1942年)7月28日には、「清田学林」に三日間延べ三,〇〇〇名を動員して植樹る。」と「北海学園百年史」<P863>に記されています。
 北海中学校の場合も、学校運営(教育費)の安定化を図る施策として土地(学有林)の購入を図ったものと推定します。学有林に植林を行い、数十年後かには、樹木が成長し売却する事を目的としている事が、「造林契約書送付ニ関スル件」からも伺えます。
 植林による投資については、この当時の様々な団体が行っていましたから、珍しい事ではありません。土地によっては、水田になるような土地を購入し、小作人を雇い秋の収穫時期に何割かの稲を小作料として納めさせ、その資金が教育費となるような場合もありました。

  <「学田(学田地)」について>
 北海道の開拓初期の学校は公立の学校であっても、主に住民の拠金によって子弟の教育が維持されていました。そこで開拓使は、教育運営の補助のため、各学校(村)に土地を与え、そこから上る収益をもって学校運営(教育費)の安定化を図ろうとする施策をとりました。
 そして、明治15年5月23日には「学田の規則」等が作成されました。
 学田の付与は、明治17年(1884年)頃から始まりました。

4.「豊平町森林組合」設立による「学有林」
 ところが、昭和17年(1942年)になり、「豊平町森林組合」が設立されて、当初の考え方が多少変化したように思われます。昭和18年に北海中学校は、「豊平町森林組合」に所属して、その内規に従って「造林」を行うようになったようです。
 「豊平町森林組合長」の松崎亀二は、当時の豊平町の町長でした。
 町長と森林組合長とを兼任していたのです。

  <豊平町森林組合のこと>(昭和34年発行「豊平町史」 P535より)

(「森林組合」の事業については、「豊平町史」<P536>を参照ください。)

 「森林組合」の目的が記されてありますが、初めは組合員の福利厚生を第一義として取扱われ、戦時中は主として伐採供出の協力にありました。戦後に至って、戦争によって乱伐の弊に陥ったため、水源、洪水等にことごとく影響があらわれたために、山野の緑化に全力を注ぐことになったと書き留めています。
 「豊平町史」の記録では、昭和32年(1957年)まで記されていて、その後の経過が判らない状態となっています。

左図は、
昭和45年(1970年)度版ゼンリン住宅地図 札幌市(南部郊外編)より (部分)

清田団地が造成されつつあります。
「清田」「羊ケ丘」「真栄」の地域名だけが記されてあります。

「北海学園大学」の「学有林」とか「植林地」乃至「グラウンド」の標示はありません。

 

 ところが、「昭和43年(1968年)清田グラウンド(札幌市豊平区清田三五五)完成、大学と両高校が使用を始める。」と、「北海学園百年史」<P875・年表>に記されています。
 また、「北海学園百年史」には、「昭和42年(1967年)10月着工、昭和43年(1968年)12月、清田に造成されていた北海学園清田グラウンド四万五三〇坪が完成した。野球場、競技場、サッカー場、ホッケー場を含む広大なもので、大学と両高校(北海高等学校・札幌商業高等学校<平成16年度より、北海学園札幌高等学校に校名変更>)が利用している。」と<P468>記しています。

 ですから、当時、グラウンドとして一部を整地し、使用できるように造成したものと思われます。なお、その後も現在に至るまで、「森林組合(現在は札幌市森林組合)」に加入し、山野の緑化に協力し「山林」の保存を行っております。
 しかし、清田地域の各所に団地が造成されて「北海学園清田グラウンド」の近くまで迫ってきていました。団地や「整地中」という記載が地図に見えます。

5.「学有林造成地」から「北海学園グラウンド」へ
 「学有林造成地」から「北海学園清田グラウンド」へと変貌を遂げた経緯を見て行く事とします。

左図は、
昭和53年(1978年)度版
ほっかい住宅地図 札幌市
(豊平区編)より

「北海学園グラウンド」の標示が記されています。

清田団地が造成され、その南側に位置して、「北海学園グラウンド」の記載があります。
「学有林」から「グラウンド」に変化しています。

 

 清田地域に宅地化の波が押し寄せ、「学有林」としてではなく、学園の学生のための施設を設置しようとする機運が高まり、山林の箇所も残しながら、「北海学園グラウンド」が造成されたものと思われます。
 40年代から、清田の各所に土地造成が行われ、50年代以降も、団地の造成が続く状況でした。時代の流れとともに、「学有林」の目的が変化したと言えます。

6.「北海学園清田グラウンド」のあゆみの概要
◎ 昭和16年(1941年)1月14日に、「学有林」を目的として購入する。
 土地面積は、33町8反5畝(101,550坪・約10万坪)。
◎ 昭和17年(1942年)7月28日には、「清田学林(学有林)」に3日間延べ3,000名を動員して植樹を行う。(「学田地」の意向であったと推定します。)
◎ 昭和18年(1943年)に北海中学校は、「豊平町森林組合」に所属して、その内規に従って「造林」を行う。
◎ 昭和21年(1946年)3月1日 清田学林にカラ松9,500本の植樹を行う。
◎ 昭和36年(1961年)札幌市と合併に依り、「札幌市森林組合」に所属する。
◎ 昭和40年代頃より、「清田学林(学有林)」の周辺が造成され、宅地化される。
 (「学有林」の目的から、教育(運動設備)に重点を置く考えが論議されたと思われる。)
◎ 昭和42年(1967年)10月着工、昭和43年(1968年)12月、清田に造成されていた「北海学園清田グラウンド」4万530坪が完成する。
 大学と両高校が利用。(野球場、競技場、サッカー場、ホッケー場等が出来る。)
◎ 昭和56年から58年にかけて野球場が2面整備され、昭和60年から61年にサッカー場、ラグビー場、テニスコート、多目的グラウンド等が整備され、現在と同じ形状となる。
◎ 昭和61年(1986年)4月1日現在として、「北海学園百年史」<P822>に記載されている「清田グラウンド」の土地の状況。
 〇清田校地     101,230・00㎡
 〇山林(清田)   239,892・00㎡
        計  341,122・00㎡  となっています。
 以上の事から、多少土地の面積が増していますが、明治・大正期頃の測量の誤差に依るものではないかと考えます。
 上記に依り、清田校地(グラウンド)と山林を保持していた事が判ります。
 尚、令和5年8月時点の面積は、211,908㎡(清田校地)・143,972㎡(山林・原野・雑種地)・計 355,880㎡ となっています。
◎ 昭和62年以降も、「清田グラウンド」の改修工事が毎年進められる。
◎ 平成元年に開催された「第44回はまなす国体」の会場として使用される。
 「第44回国民体育大会報告書」によると、「北海学園清田グラウンド」では9月18日~20日の3日間、ラクビ―成年男子2部の試合が行われる。
 9月18日は1回戦2試合、9月19日は2回戦4試合、9月20日は5~7位決定戦の2試合である。熱戦が「清田グラウンド」で繰り広げられたと思われます。
◎ 改修工事は毎年続けて実施される。
 平成20年以降では、「清田南通り」(平成22年開通)の整備に伴い、清田グラウンドの校地の入り口部分の形状を大きく改修し「清田グラウンド」に相応しいものとなる。

 ※ 標高は、北側が約90m~ 南側が約97mの「グラウンド」(清田校地)となります。

7.現況の「北海学園清田グラウンド」の様子

上図はマピオン地図による「北海学園清田グラウンド」です。

左図は、
平成17年(2005年)3月現在「清田区ガイドマップ」より

 「北海学園大学清田グラウンド」の標示が記されています。

 当時、「広域避難場所」に指定されていました。
 ※平成29年(2017年)より 「指定緊急避難場所」に変わっております。

 多目的グラウンド・第1野球場・第2野球場・ラグビー場・テニスコート・サッカー場などの施設が整えられています。

  現在(2022年)の「北海学園清田グラウンド」の様子です。

 現在は、「北海学園清田グラウンド」となって、当初の「学有林」造成を目的とした「植林地」ではありませんが、多くの樹々が周囲を囲むような環境となっております。
 そして、多くの学生のスポーツの場・教育の場となっています。
 野球場・サッカー場その他の各所が、配慮の行き届いた素晴らしい施設として有効活用されています。

記:きよた あゆみ(草之)


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