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明治15年 郵便のはじまり

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明治15年 厚別あししべつの「郵便切手売下所」のこと

はじめに
 清田の郵便に関する記録としては、「新札幌市史 第二巻」に次のような記述があります。
 『(明治)八年三、四月には郵便規則及び罰則を各村へ配布した。(中略)
 また(明治)十三年、札幌から対雁ついしかり(江別発祥の地)経由で石狩への郵便路線が増設された。
 さらに篠路村の早山清太郎、対雁村の小笠原長吉をそれぞれ同村の郵便取扱人とした。
 (明治)十五年月寒村字厚別・白石・札幌・山鼻・下手稲村字軽川に切手売下所を設け、琴似村には無集配郵便局(郵便受取所)を設けた。』
 明治15年に、早くも「月寒村字厚別」に切手売下所が設けられたという記録です。

1.「明治十五年十二月分札幌縣治類典 郵便」(北海道立文書館所蔵 簿書7417)より
  明治15年5月24日付けで、次のような文書が届いています。
一 月寒村之 内 字厚別
(注:厚別は、あししべつ・・・清田地域のこと)
一 下 白 石 村
一 札 幌 村
一 山 鼻 村
一 下手稲村之内字軽川
   右五ケ所 郵便切手賣下所
一 琴 似 村
   右 郵便局
(注:右は、上記の村名のこと)
 上記の村に設置しますという手紙です。

 

 明治15年8月20日に、「郵便物集配規程」が施行の運びとなっています。
 「郵便取扱役及切手賣下人名」として、「札幌郡月寒村字厚別平民 長岡重治に無集配郵便局取扱役を仰付度候とした文書」が「札幌縣治類典」に記されてあります。
 また、明治15年11月22日付けで、「郵便切手売下等之順叙、伝習候趣ニ付・・明後廿四日出頭為致候間此如御届仕候也」として、郵便についての研修会のような事を札幌郵便局へ出頭させて行っています。
 郵便については、初めての事なので、微に入り細に入り行った模様です。

 月寒村之内字厚別の「郵便切手売下所」の設置月日について、明確な日付けの文書はありませんが、明治15年の12月頃に開設・創業したと思われます。
(初めての取扱いですから、準備に慎重を期した事が窺えます。)

2.清田地域の郵便局の郵便の経緯
 「清田の郵便局」については、次のような経緯を経て現在に至っています。
・札幌郵便局 明治5年10月1日 開局(現在の中央区に)しました。
・切手売下所 明治15年に、月寒村字厚別に設けられました。
・厚別(あしりべつ)郵便局  明治29年10月16日 開局(白石村に)しました。
 ※札幌郡白石村字厚別  厚別郵便局は、厚別432番地(現在の厚別中央2条3丁目・江別新道沿い<12号線・現旭町>に設置されました。
 白石村にあっても、「あつべつ郵便局」ではなく、「あしりべつ郵便局」という名称でした。
 未だ、厚別川流域全体がが「あしりべつ」と呼称されていたからです。
 現在の「厚別(あつべつ)郵便局」の前身に当たります。
 ところが、明治38年2月27日に厚別あしりべつ郵便局は、全焼しています。
明治38年3月1日付け「北海タイムス」にその記事が掲載されています。)
 そして、明治38年7月1日に、厚別郵便局は新規に建て直しを図り落成式を迎えました。
明治38年7月4日付け「北海タイムス」にその記事が掲載されています。)
 名称は、「あしりべつ郵便局」ではなく、「厚別(あつべつ)郵便局」としています。
 「厚別」を「あつべつ」とする呼び名が白石村に広がっていったことが感じられます。

「あつべつ区再考」
(平成6年4月10日
札幌市厚別区発行)より
左写真は、阿部 仁太郎が創設した大正10年当時の「厚別郵便局」
最初の郵便局長は、阿部 仁太郎でした。
(阿部 仁太郎については「滝野すずらん丘陵公園と神社」を参照

月寒つきさっぷ郵便局  明治30年12月20日 月寒村に開局しました。
東月寒ひがしつきさっぷ郵便局  昭和15年11月21日 豊平町厚別あしりべつに開局しました。
 ※清田郵便局の前身に当たる「東月寒郵便局」(三等)として厚別あしりべつ(清田)に設置されました。
  住所:豊平町厚別 現在の 清田区清田1条2丁目2-2(設置)

清田きよた郵便局  昭和25年10月20日(豊平町清田に)
 ※昭和15年の「東月寒郵便局」を「清田郵便局」と名称を改称しました。
・清田郵便局 (2003年)平成15年10月20日(月)(清田区清田に)
 〒004-0841 札幌市清田区清田1条4丁目5-48(設置住所)に移転しました。
 局種は、「無集配特定局」です。
 ※北海道銀行の北側に移転して現在も営業しています。
 以上のような経過の基に郵便制度が拡充していきました。

3.まとめとして
 札幌周辺には、その当時郵便を取り扱うような機関がない中で、月寒村之内字厚別に、「郵便切手売下所」が非常に早い時期に設置されたと言う事ができます。

  「明治十五年十二月分 札幌縣治類典 合三冊第三 郵便庶務課」より

(北海道立文書館所蔵 簿書7417)

 明治15年9月19日付文書で、切手賣下人の名前が決定しています。
 その後、郵便関係者は、11月24日に札幌郵便局へ出向いて郵便の取扱いの説明がなされ、郵便取扱役及び切手賣下の諸事に当たれるようなノウハウがあったと思われます。
 明確な日付けは未詳ですが、12月に集配の日程が決まっていますから、業務開始を明治15年12月頃と推察します。

 

  堀  三 義 の 『北役日誌』より

『三時頃から書簡を懐中に入れて当地の郵便局に行くと、町はずれにあって、軒先に図のような屋函があり、これに一日間の書簡を貯え、翌朝に出すそうである。家の入口には、木札に二等郵便局と大書して掛けてある。局の中に入り書簡を出し、逓送の印紙〔切手〕を求めた。』

「新札幌市史」機関誌「札幌の歴史」8号<上>

記: きよた あゆみ

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