昭和59年 開園 平岡樹芸センター

 「平岡樹芸センター」は、昭和54年(1979年)竹澤三次郎(故)氏が、土地・樹々等を札幌市に寄贈し開園した樹木の庭園です。前身は、「竹澤養樹園」でした。

所 在 地:札幌市清田区平岡4条3丁目

事業主体:札幌市

管理運営:公益財団法人
     札幌市公園緑化協会

開 園:昭和59年(1984年)

 

1.平岡樹芸センターの案内
 平岡樹芸センターのHPには、次のような説明が記されてあります。

 平岡樹芸センターは、札幌市清田区にある庭木を楽しめる庭園です。もともと北国に合う庭木の見本園として故・竹澤三次郎氏が所有していた土地・樹木の寄贈を受け、日本庭園や西洋庭園などを整備し、昭和59年に開園しました。面積は2.9ヘクタールで、四季ごとに変化する様々な樹木、庭園を歩きながら楽しむことができます。
 美しく清らかな池や四阿(注:しあ・あずまや)を有する日本情緒豊かな日本庭園、刈り込み物広場をはじめ、園内には約3,000本のオンコ(イチイ)が植栽されています。オンコは新芽を吹く6月頃が最も美しく、丸く刈り込まれたものから生け垣まで訪れる人たちの目を楽しませています。
 モミジ類はヤマモミジ、ノムラモミジ、シダレモミジなど8種類が700~800本植えられ、秋には燃えるように色づき、ほかの植物の緑と相まって特に美しくなります。
 庭木相談所には、緑の相談コーナー、講議室、展示室、図書コーナーなどが設けられ、札幌市に3ヵ所ある「都市緑化植物園」のひとつとして、市民園芸普及の役割の一端を担っています。
 平岡樹芸センターには、“環境サポーターズ「三次郎の会」”、“樹木会”の2つのボランティア団体があり、園内の清掃、イベント企画・運営、見どころガイド、植物管理などを行っています。ご興味のある方は、管理事務所までお気軽にお問い合わせください。

 清田区が平成19年(2007年)11月に誕生10周年を迎えたのを記念して12の「清田ふるさと遺産」を決定しました。その中に、「平岡樹芸センター」が入っております。
  <園内マップ>

 平岡樹芸センターは、イオン平岡店のイオンの森と隣接するような位置関係にあります。

2.広くなった平岡樹芸センター
 平岡樹芸センターの経過について、「清田地区町内会連合会 創立27周年記念誌」より記してみます。
 「清田地区町内会連合会 創立27周年記念誌」(平成4年10月18日発行)

  平岡樹芸センター     ●所在地 平岡4条3丁目
 昭和54年4月、平岡春風台町内の竹沢三次郎氏から、札幌市へ土地1.6ヘクタール(一町六反歩)樹木8,000本植樹のまま寄贈された。これにより市では竹沢養樹園基本計画委員会を設置し、昭和55年4月、造成工事に着手、昭和58年11月、センターの全てを完成した。完成された一大樹芸センターは見事なものであるが特に、日本庭園や緑の広場が素晴らしい。緑の相談等も大いに活用されてはいかがでしょうか。
  開園期間   4月29日~11月3日まで
  開園時間   午前9時~午後4時30分まで

 昭和54年(1979年)当時、寄贈された土地面積は1町6反歩(約1.6ha)となっていました。現在は、2.9haとなっていますが、故・竹澤三次郎氏が寄贈する際にもう少し大きくさせたいとの願いで、札幌市にお願いをし、広さが2倍ほどとなりました.

3.日本庭園の蹲踞(つくばい)と水琴窟

 「蹲踞」(つくばい)は、茶室のある日本庭園に置かれている手水鉢(ちゅずばち)のことです。茶室に入る前に手を清めるために置かれています。
 敢えて、手水鉢を「蹲踞」(そんきょ・つくばい)と記してあるのは、高い身分の人であっても屈めて(身を低くして)使う様にしているためです。

 平岡樹芸センターの蹲踞(つくばい)には、次の様に刻されてあります。
 (左の写真を参照ください。)
 上から右回りに「五」「隹」「止」「矢」と彫られている事を確認ください。
 そして、中央の「水受」が「口」ですから、「吾・唯・足・知」となります。
 則ち、「吾唯足知」は、(ワレ、タダ、タルヲシル)という四字熟語になっています。「知足」は、森鴎外の「高瀬舟」のテーマともなって多くの方がご存知かと思います。

 「吾唯足知」の意は、「今を満ち足りたものとし、現状に不満を持たないこと」としておりますが、夫々においてご解釈ください。尚、「吾唯足知」の蹲踞は、京都の金閣寺に有りますから、 それを模倣した物なのかも知れません。
 そして、この手水鉢の溢れ水が石の間を流れて、地下に設置された「水琴窟」に滴り落ちて反響し、耳を澄ますと微かな音を響かせています。
 このような「水琴窟」を設けた事に、「侘び寂び」の美意識を感じます。
 季節を通して「水琴窟」の音は、来館者に何かしらの安らぎを与えてくれます。

4.日本庭園の「燈籠(とうろう)」のこと

 日本庭園の「蹲踞(つくばい)」の奥の方に「燈籠」が据えられて在ります。
 「燈籠」は、現在では日本庭園の景観の一つとなっていますが、昔は実用的なもので、明かりの無い時代の照明として重要な箇所に据えられていました。
 ところで、樹芸センターのこの燈籠には、留意して置かなければならない点が有りますので、その点について記す事と致します。
 燈籠の明かりを灯す台の下の部分に、文字・記号らしき彫りがあります。
 その彫りには、Fのような文字が刻されています。そのため「キリシタン燈籠」と判別できるとの事です。

 事由については、この図形を反時計回りに回転させると「Lhq」となるからです。
 左の写真を、ご面倒でも時計回りに回転し、逆さにしてみると、左から「qhL」という隠れ文字が順に記されています。
 文字は縦横に刻されて、即読み取れる程、明確ではありません。敢えて難解にしているからです。先ずは、その様に刻されているのか、じっくりとご確認ください。
 ところで「qhL」という文字は何を表わているのでしょうか。

 キリストは、日常的にヘブライ語が使われたようです。ヘブライ語は母音が省略されていますから、「qhL」を英語読みに直して母音を入れて読むと、「QahaL」(カハル)となります。
 「QahaL」(カハル)の意味は、「仲間」「集会」と訳しています。そこから、「基督教を信じる仲間」「基督教の集会」と意訳し、転じて、『キリスト教を信じる集会(所)』と訳読できます。要は、教会のような集会所を示す目印(隠字)となります。

 注:この「キリシタン燈籠」について、竹澤三次郎氏がどのように取得されたかについては未詳です。この様な「燈籠」が設置されてあることを記して置きました。

 下記は、日本庭園の池と流れ落ちる小さな幾段かの小瀧です。

5.平岡樹芸センターの樹木類について
 平岡樹芸センターの樹木について「札幌市 緑のセンターだより」などの情報からまとめてみました。
〇カエデ類(12種類)が植栽されています。
 ハウチワカエデ・ネグンドカエデ・イタヤカエデ・ミツデカエデ・ヤマモミジ・メグスリノキ・キンバカエデ・マイクジャク・チシオモミジ・ノムラモミジ・アオシダレモミジ・ベニシダレモミジ など
〇オンコ(イチイ)が約3,000本 植栽されています。
〇モミジ類(8種類)が700~800本 植えられています。
 ヤマモミジ・ノムラモミジ・シダレモミジなど
 ◇ヤマモミジの台木に高接ぎされたマイクジャク、ベニシダレモミジの接木株があり、1本で3種類のカエデが楽しめます。
〇ウツギ類は、ベニウツギ・ハコネウツギ・バイカウツギ など
〇四季の変化に応じながら園内の、 サンシュユ・エゾムラサキッツジ・キタコブシ・レンギョウ・ミネザクラ・ハクモクレン・セイヨウシャヤクナゲ・エゾヤマザクラ・ソメイヨシノ・クロフネッツジ・カンザン(桜並木)・ヨドガワツツジ・ヤマブキ・ハナカイドウ・ドウダンツツジ・ライラック・ヤマツツジ・フジ・キングサリ・テマリカンボク・ハクウンボク・ローズアカシア・ヤマボウシ・ベニウツギ・バイカウツギ・ハコネウツギ・アマチヤ・ナツツバキ・ノリウツギ・ネムノキ・ミナヅキ・ムクゲ・モミジ など
 開花したり紅葉となり、多くの来館者の目を楽しませてくれます。

6.「三次郎の会」について
 平岡樹芸センターのHPにあります「三次郎の会」について触れて置きます。
 【団体紹介】環境サポーターズ「三次郎の会」として、詳細が記されています。

  【団体紹介】環境サポーターズ「三次郎の会」
                2010年04月08日
 梅の名所として知られる清田区平岡公園から西に1km程離れたところに「平岡樹芸センター」があります。故・竹澤三次郎氏から土地と樹木の寄贈を受け整備されたこの美しい庭園は、平成19年には「清田ふるさと遺産」の指定を受けました。
 しかし、桜や紅葉の時期には多くの来園者でにぎわいますが知名度はあまり高くなく、近隣に住んでいながらご存じない方も多いそうです。
 このきれいな庭園をもっと身近に感じ、親しんで欲しいと地域住民の方が集まり、
 平成21年4月「環境サポーターズ『三次郎の会』」を発足しました。
              (文責:岩谷道代)

 続けて、「三次郎の会」について記してありますから、転載します。

 「故・竹澤三次郎氏の思い」と「環境サポーターズ『三次郎の会』設立」が綴られています。三次郎氏の熱い「思い」と設立の「願い」を感じ取りください。

   「三次郎の会」について     故・竹澤三次郎氏の思い
 恵庭市島松沢で酪農業を営んでいた竹澤三次郎さんは昭和31年に(現)札幌市清田区平岡へ移転。野菜やイチゴ生産などの農業のかたわら、畑の一部に趣味の樹木を植えて楽しんでいました。農業が軌道に乗ってきた頃、奥さまが病で農作業が困難となり、昭和37年頃から一人でも出来る庭木の生産を開始、3年後には「竹澤養樹園」を設立しました。
 その後、札幌市の人口増加と共に宅地開発が進み、造園業も盛んになりました。三次郎さんは札幌の気候に適した生産技術を研究し、その技術を庭木生産者へと広めていました。また、本州から購入した庭木を植えて枯らす人が多いことを気の毒に思い、「一般の人の参考になる見本園を作りたい」と札幌市長に申し出、市はこれを受けて平岡樹芸センターの造園を計画しました。しかし、この設計図が完成する直前に三次郎さんは心筋梗塞で帰らぬ人となり、昭和59年の開園を見ることはありませんでした。
 平岡樹芸センターには日本庭園、西洋庭園、ロックガーデンなどさまざまな様式の庭があります。特にオンコ(イチイ)は約3000本、モミジ類は8種類700~800本が植えられており、秋には見事な紅葉が楽しめます。また、緑の相談コーナー、講議室、図書コーナーなどが設けられ、庭づくりを学べる場となっています。
  環境サポーターズ「三次郎の会」設立
 三次郎さんの二男である幸雄さんの妻、美千子さんは、尊敬する大好きな三次郎さんの影響を受け、平岡樹芸センターの開園同年に隣接して「竹沢花木園」を開店。
 ご家族の協力のもと、三次郎さんが育てていた苗木の他、お客様の要望で山野草も販売するようになりました。
 そして、長年お店や平岡樹芸センターへいらしている紀伊国敏子さん、幸雄さん、美千子さんを中心に、平岡樹芸センターを大切に思っている方々が「庭園をもっと身近に、魅力ある場所にするお手伝いがしたい!」と集まり、「環境サポーターズ『三次郎の会』」設立へと動き出しました。イギリスで園芸学を学んだ美千子さんのお嬢さんの香葉子さんも一緒に、現在は17名の会員で活動しています。
ボランティア活動は初めてで、わからないことばかりでしたが、思いつくことをとにかく実行!失敗もありましたが全てが勉強です。たくさんの方に出会うことで人と人の輪がつながり、助言を得ながら活動してきました。
 8月には七夕祭りを開催し、こども達が楽しめるよう的あてゲームを企画しました。
 なんと日本庭園の池の上の的に向かって、四阿から手作りの竹製水でっぽうで打つ遊びです!9月には「まだまだ先の夢」と思っていた庭園コンサートも実現し、250名ものお客様がコーラス等を楽しみました。憧れの辻井達一先生をお呼びしての談話会も開催しました。「目標を持って動けば必ずかなうのよ!」と美千子さんは明るい笑顔でおしゃいます。
 冬期閉園中も園内の植物や公園の成り立ちを調べたり、イベントの企画を進めるなどの活動しています。会員のみなさんのアイディアで、ますます楽しく魅力的な公園へと成長しています。

 「三次郎の会」の問い合わせについては、下記の通りです。
 代表者:紀伊国 敏子   連絡先:竹澤 美千子
 住 所:札幌市清田区平岡4条3丁目4-5   TEL:011-881-1257

 下記は、立体の幾何学模様の様に整えられた「西洋庭園」です。

 「樹芸センター」の庭木相談所(管理事務所)です。

 左の写真についてです。

 「平岡樹芸センター」の秋の紅葉の写真が、ANA(全日本空輸株式会社)の2020年(令和2年)10月のカレンダーに選定されました。

 写真家 佐藤哲也氏に依るものです。

 

 

 下の写真は、筆者が撮影したものです。
 かえで・もみじ・つつじうつぎ等の樹々が植栽された樹芸センターです。

7.「清田ふるさと遺産」の決定
 「平岡樹芸センター」は、「清田ふるさと遺産」となっております。
 清田区が平成19年(2007年)11月に、豊平区から分区し誕生10周年を迎えたのを記念して12の「清田ふるさと遺産」を決定しました。
 これは未来に引き継ぐべきものとして、区民の皆さんから募集した候補85点から「清田区10周年実行委員会」が選定したものです。
 今後のまちづくりのために、区民・市民の様々な行事や憩いの場などとして活用されて行くことでしょう。

記:きよた あゆみ(草之)