「厚別」アシリベツの表記について
1.はじめに
「厚別」の表記の語源が、漢字表記「厚別」により「アッペツ」から始まったとする説や「アシリベツ」によって「アイヌ語の新しい川の意」とする説が各所の出版物やHPに見受けられます。
そこで、江戸期から明治、大正期の「あしりべつ」の表記を列挙することにより、「厚別」(アシリベツ)の語源となった説に提起をしたいと考えました。
「アシリベツ」は、厚別川(あしりべつ川)の発音が、基盤となっていることは周知の通りなのですが、古い文献まで遡ってみますと、多種の表記(様々な漢字・カタカナ・ルビ・ひらかな表記)が見られます。その表記の経緯から内容の適否が判断できるのではないかと思われます。
以下の記載一覧によって、アシリベツについての新たな見解が開けたならば幸いです。
筆者が調査した文献の一部ですが、ご覧いただきたいと思います。
以下、江戸期・明治期・新聞表記(明治・大正)の順に「厚別」について記して置きます。
2.江戸時代の表記一覧
※ 江戸時代の表記は、すべて「厚別川」の川の表記です。地域としての表記は見当たりません。
天保5年(1834年)「松前嶋絵図」「松前嶋卿帳」の「アシリベツ」は、「厚別川」を指していると思われません。(この事については、著作の「清田発掘 アシリベツの表記と語源」で説明します。)
川の表記は、松浦武四郎の著作に見られる、アシユシヘツ・アシユウシベツが多いのですが、江戸後期になってハシユシヘツが現れます。アシユシヘツの延長上にあるといってよいと思います。
江戸期においては、アイヌ語の発音がそのまま文書に表記されていたと考えられます。
3.明治時代の表記一覧 ※ルビの記した表記には、( )内にルビをふっております。
※ 明治期の表記をまとめてみますと、アシュシヘツの表記はほとんどありません。簡略化された表記となっています。明治10年代までは、川も地域もアシヽヘツ・アシスベツ・アスシヘツ・アツシヘツ・ハシスベツ等、記載の仕方が多種にわたっています。明治13年の「取裁録 山林願」の中に見られる「アシリ別道」は、「アシュシ」の発音表記の1種であると考えます。また、より省略化したアシヘツ・アシべツ等の表記が使用されるようになった経過を窺がう事ができます。
漢字表記は、開拓使の用いた「厚別」の表記が一般化されています。
明治20年代になると、漢字表記の「厚別」の影響と「厚別駅」が出来たことによって厚別駅周辺では、徐々に「アツベツ」と呼称されることが日常化していったようです。
室蘭街道筋の「厚別」地域は、原音と思われる「アシュシへツ」が、「アシヽへツ」として残されましたが、発音の難しさからいつしか「アシリベツ」と変化していったようです。
明治42年・陸地測量部の地図に「アシリベツ」とありますが、この「アシリベツ」の表記が地図では初見となっています。
4.明治・大正期に発行された新聞記事での表記一覧 注:( )は、新聞のルビです。
昭和の表記として
新聞での表記はすべて「厚別」の漢字を当てています。しかし、発音が難しかったのか、アツベツ・アシベツ・アツシベツ・アシリベツとルビは多様なふり方となっています。
明治28年3月10日の「北海道毎日新聞」には、「厚別」にルビをふり、「アシリベツ」(初見)としています。(この頃になって、アイヌの人たちが「アシリベツ」の銘々を示唆したとも考えられません)以後すべて「アシリベツ」かというとそうではないのです。
新聞は、正確な情報をより速く伝えることが任務なのですが、「厚別」の漢字のルビに関しては、実際の発音を重視していたのか疑問が残ります。先に列挙したように多種多様な記載があったので無理も無いと思います。情報が行き届かず一地方の地名について十分な論議もなしに、新聞記者の判断によって適宜ルビがなされたものと考えます。それが大正期に入っても「厚別」のルビが不統一のままで記していることで分かります。
漢字表記だけを列挙してみますと、厚別・芦冽川・阿鹿別・厚子別・鷲別・眞志別・阿鹿川・足利別など、種々の表記がみられるのです。
確定したルビがなされないという事は、逆から見れば、漢字の「厚別」という表記が実際の発音と程遠いものであり、発音の表記が非常に難解であったとも言えます。
5.「アシリベツ」の語源についてのまとめ
「厚別(あしりべつ)」の表記の概略を記しましたが、経緯の一覧に目を通されて、どのような感想をお持ちになられたでしょうか。
「厚別」(あしりべつ川)の語源ついて、「アッペッ」を基盤として、発音や意味を考えること、また、「アシリベツ」を基として考えることも、(私見ですが)なかなかに難しいと思うのです。
「北海道蝦夷地名解」(明治24年3月発行)永田方正著「永田地名解」には、「今人厚別(アツベツ)と云うは非なり」と記し、「厚別」を「あつべつ」と発音する事は誤りであるとしています。
明治24年当時、新しく移住して来た人の中には、厚別を「アツベツ」と発音する人がいた事を窺がう事ができます。開拓使の役人や新聞記者の人でさえ、「アツベツ」とルビをふるのですから致し方ありません。
その他多くの著名な方々のアイヌ語辞典・地名解等には、厚別について記されていますが、その内容に言及することは、著作を汚し兼ねませんから避けたいと思います。
先ずは、「厚別」の表記の一覧を解析・検分されて、「厚別」(このように多様な漢字表現、カタカナ表記、ルビ表記、ひらかな表記は、他に類を見ないのではないかと思います)について、ご意見をお聞かせ頂きたいと考えております。
検証が必要ですので、よろしくお願いいたします。
記:きよた あゆみ
<外伝>「厚別」アシリベツの表記について
<外伝>清田区「山部川」の語源について