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平成9年 豊平区から分区し「清田区」と銘々

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平成9年 豊平区から分区し「清田区」と銘々

1.清田区の誕生
 「清田区」は、札幌市の10番目の区として、平成9年(1997年)11月4日、豊平区から分区し、清田区が誕生しました。
 区割り線(境界)は、清田通一吉田川一国道36号一清田、真栄、有明と羊ケ丘、西岡との町界線 です。
 新区役所の位直は、平岡1条1丁目として、庁舎が設置されました。
 当時の人口は、約10万7千人でした。

※ 「清田区」銘々の関係の文書は、あしりべつ郷土館に「常備」しておりますので、詳細については来館されてご覧ください。
 ここでは、それまでに至る経過を簡略に記して置きたいと思います。

2.分区の名称を募るアンケート実施までの検討委員会
 分区の名称を決めるに当たって、その準備委員会が開催されました。
 アンケート実施までの「豊平区分区名選定検討会議」は、4回行われました。
 開催日は、以下の日程でした。(注:検討委員の19名につきましては、後述します。)
  ・1回目 平成6年(1994年)6月10日
  ・2回目 平成6年(1994年)7月   5日
  ・3回目 平成6年(1994年)7月19日
  ・4回目 平成6年(1994年)8月   9日
 取りを踏んで名称を決めるように対応したのです。

3.アンケート用紙の配布
 平成6年9月付けで、町内会員及び自治会員の方々へ、豊平区5町連分区推進連絡協議会・町内会連合会の名義で、『「分区の名称」アンケート調査について』の文書が配布されました。
 文書には次の様に記してあります。
 「豊平区5町連(清田、北野、清田中央、平岡、東月寒)分区推進連絡協議会では、諮問機関である区名選定検討会議の議を経て、分区の名称案について協議して、地域にお住いの皆様の意見をお聞きするためのアンケート調査を実施することといたしました。アンケート調査の結果は、協議会に諮られ地域住民の意向として市に提出することとなります。皆様のご協力をお願いします。」としています。
 また、分区名決定手順は、次の様な会議を経て決定されると明記しています。

 <分区名決定の手順>

 この様にして、アンケート用紙が配布されました。以下は、アンケート用紙です。

 ※アンケート用紙は、(平成6年)9月末日までに町内会の役員が回収に伺います

4.アンケート用紙の裏面<参考>



5.アンケート調査の結果
 アンケート調査の回収率は81%となり,有効数は79%でした。
 また、アンケート調査用紙に記載された「緑」「清田」「朝日」以外の「その他」には、154の希望名称の記載があり,住民の関心の高さがうかがわれました。
 アンケート調査の結果は下記の通りでした。

 分区名称アンケートの調査結果について(※ 各戸に回覧された集計結果の文書です。)
 アンケート調査の結果,分区される地域の区名として50世帯以上の支持があった名称の支持数と支持率はつぎのとおりでした。 ※ 支持数の単位は、世帯 です。

 アンケートのどの名称も,有効数の50%を越えていませんでしたが、上位の2つの名称の「清田」と「緑」を合わせると,87.4%の支持を得た結果となりました。

 また,アンケート調査で「その他」を選び,希望の名称として記入された分区の名称は154あり、2,583枚で有効数の12.6%でした。
 なお,アンケート調査の
   配布數は 25,751枚
   回収数は 20,871枚 (内 無効数 299枚)
   回収率は 81.0%      となりました。

6.分区名称アンケートの調査集計票
 注:「その他」に記載された分区の名称は157ありましたが、60名称を掲載します。

 尚、各戸への回覧文書には、157すべての名称の記載がされ、支持数の記載もされております。

 このようにして、「清田区」とする、アンケート集計が決まりましたが、あくまでもこの時点では、案でした。

 そこで、平成6年11月24日付けで、札幌市長 桂 信雄 様宛に、集計の詳細を記載しました文書を「要望書」として提出しました。
 そして、市長助役会議を経て、札幌市議会で決定する事となりました。
 平成7年10月6日、第3回定例市議会にて、清田区の名称を定めることに伴う、「札幌市区の設置等に関する条例の一部を改正する条例案」が提出され議決され決定しました。

 平成7年10月6日が、「清田区」銘々の日付となります。

7.清田区の誕生
 市議会を経た後、分区に向けた対応が順次進められました。

 平成9年(1997年)11月4日、豊平区から分区し、清田区が誕生しました。
 清田区総合庁舎(区役所・保健センター・消防署・図書館)及び清田体育館が開設されました。(上の写真は、清田区総合庁舎です。)

 そして、清田区が誕生して、令和3年(2022年)で25年目を迎えました。
 年月を重ね、これからの清田区を見据えた構想が必要な時期に差し掛かりました。更に一歩進んだ区民に寄り添った行政を試みて頂きたいと願っております。

分区後の「清田区」としての様々な対応

その1 「清田区」の<シンボルマーク>

    平成9年11月制定

 大樹と厚別川を組み合わせ、全体で清田区の頭文字「K」を表しています。
 太い幹(オレンジ)
   …豊かな大地を育んできた人々を表し、地域の安定と調和を象徴しています。
 若葉(グリーン)
   …地域の将来を担う若者、子供たちを表し、未来への可能性を象徴しています。
 川(ブルー)
   …自然を大切にした区の限りない発展を表現しています。

 <シンボルマーク決定の経緯>
 清田区誕生を目前に控えた平成9年7月から8月にかけて、清田区となる地域(当時)の住民や通勤、通学者を対象に、清田区のシンボルマークのデザインを募集したところ、273人から536点もの力作が寄せられました。
 応募者の年齢層も、8歳から77歳までと幅広く、1人で26点も応募された方や家族全員で応募された方など、多くの方にご協力をいただきました。
 作品は、美術専門家による予備審査を経て、町内会や各種団体の代表14人による「清田区シンボルマーク選考委員会」で選考を行い、最優秀賞を受賞した作品が、シンボルマーク として選ばれました。

その2 「清田区」の<公式マスコット>「きよっち」
マスコットキャラクター

 清田区の公式マスコット「きよっち」は、白旗山に住んでいる森の妖精です。
 帽子には清田区のシンボルマーク。胸には区の自然を象徴する木の葉の柄が入っています。
 にぎやかなところが大好きで、清田区内で開催するイベントなどによく登場します。

 どこに行っても、かわいい子どもたちに「きよっちー」と元気な声で呼ばれる人気者です。

 マスコットキャラクターの「きよっち」は、2009年(平成21年)に決められました。

「きよっち」のぬいぐるみは、平成24年(2012年)に登場しました。

その3 「あしりべつ桜並木通り」のこと

 「あしりべつ桜並木通り」は、旧 国道36号(現:市道清田4号線) の北野1条2丁目~清田1条1丁目までの区間です。
 旧国道36号は、明治6年(1873年)に開拓使が開削した「札幌本道(室蘭街道)」です。
 古くから清田の発展を支え、見つめてきた大切な道となっています。
 昭和28年に北海道で初めて舗装された札幌・千歳間は、通称「弾丸道路」と呼ばれました。

 昭和46年(1971年)、北野と里塚間に現在の新国道36号が開通してからは、「旧国道36号」は市道となり、現在も地域の方からは「旧道」と呼ばれ、大切に利用されています。
 この歴史ある道路についての策定(魅力の可能性・改善提案・維持管理の方法等)をするため、2009年(平成21年)より、「やすらぎ歩行空間プラン」の検討委員会が発足しました。そこで、地域資源を活用した歩行空間の創出について様々な意見が出され、その実現に向けた対応がなされました。

 次の「基本方針」や「主要となる空間とその性格」は、平成22年9月にまとめられた検討委員会の「やすらぎ歩行空間プラン」の抜粋です。

 「やすらぎ歩行空間プラン」の基本方針と将来イメージ

 として、「旧道の道しるべやサインを設置」する事が決まりました。

 2011年(平成23年)には、 話し合いによる、桜の木の補植・坂のブロック壁に蔦を植える・「あしりべつ桜並木通り」の道しるべ・「周辺案内板」・花壇の設置、遊歩道やベンチ等が設けられて、道路沿いが整備され一新しました。

 右の写真は、紅葉のエゾヤマザクラと遊歩道です。
 ベンチが設けられて市民の憩いの場となっています。
 沿道沿いには、およそ200本のエゾヤマザクラが植えられています。
 4,5月の桜の開花時期には、多くの方々が訪れています。

記:きよた あゆみ(草之)


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