札幌国際大学(札幌市清田区清田4条1丁目)の学生が5月11日(水)と18日(水)、2回にわたり、あしりべつ郷土館(清田区清田1条2丁目、清田区民センター2階)のボランティアスタッフから、清田区の歴史を学びました。

吉田用水跡の現地で説明を聴く札幌国際大学の学生=2022年5月18日、北野3条3丁目

郷土史家の了寛紀明氏から清田の歴史を学ぶ=2022年5月11日、あしりべつ郷土館で
11日は郷土館を集団見学し、18日は清田区の歴史遺産「吉田用水跡」(清田区北野3条3丁目)の現地ツアーを行いました。
これは、同大学の平塚彰講師の前期講義(15回)の一環です。

あしりべつ郷土館の展示を見学
この講義は、清田区で活躍する人たちから直接話を聴き、清田区の歴史や社会、文化への興味を喚起するとともに、「清田区ってどんな街だろう?」という疑問に答える「清田区の人々に学ぶ」という冊子を学生たちが編集・制作するというものです。
この中で、清田区の歴史を学ぶという分野で、あしりべつ郷土館が協力することになりました。
5月11日の授業では、受講する学生20名ほどが平塚先生とともに来館し、館内に展示している昔の農機具や生活道具などを見学。郷土館スタッフの郷土史家・了寛紀明氏から清田区の歴史を学びました。

吉田用水記念碑を見学
また、清田区の1級の歴史遺産である「吉田用水跡」の郷土館制作の動画を視聴しました。

吉田用水跡に到着、説明を受ける
5月18日の吉田用水跡の現地ツアーは、まず、コカ・コーラ裏の道端に建つ「吉田用水記念碑」前に集合し、記念碑を見学。それから厚別川(あしりべつ川)左岸道路を歩いて、北野通を渡って北野3条3丁目の吉田用水跡に到着。それから北野の住宅街の中を斜めに伸びる吉田用水跡を歩いて見学しました。

吉田用水跡の途中、北野第一公園で
吉田用水とは、明治25年(1892年)頃、吉田善太郎さんという人が中心になって造った水田用水路です。今のコカ・コーラ裏辺りの厚別川から取水し、北野、大谷地方面に水を供給しました。

用水路跡がなお続きます
これにより、清田、北野、大谷地など厚別川流域に水田が広がり、やがて「清田」の地名になっていきました。
吉田用水は長さが5㎞ありましたが、昭和40年代になって、周辺は宅地化が進み、水田は消滅。吉田用水も役目を終えて、ほとんどが埋め立てられてしまいました。
しかし、北野3条3丁目には、長さ500mにわたって吉田用水跡が帯状の緑地帯として奇跡的に残りました。
清田区は、歴史的な建物などがほとんど残っていない区ですが、そうした中にあって、この吉田用水跡は貴重な清田区の歴史遺産といえます。

吉田用水跡に満開の八重桜の並木がありました
学生たちは、郷土館スタッフの了寛紀明氏、田山修三氏(北海道文化財保護協会副理事長)、川島亨氏(「ひろまある清田」代表)から、用水跡の現地を歩きながら説明を受けました。
吉田用水跡は、ちょうど八重桜の並木が満開で、ライラックの花も見頃を迎えていました。
「ひろまある清田」より転載